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*我が家の選択
以前、葬儀の種類について書きましたが(ブログ「ラストステージにふさわしい葬儀」)我が家では祖父の葬儀は『火葬式』という形を選択しました。
祖父の年齢から考えて参列する人も少なく、盛大な葬儀は必要ないと考えたからです。
『火葬式』というのは、通夜・告別式を省いた『直葬』のことですが、葬儀会社が用意しているプランにお坊さんの読経をプラスしたので、世間一般に想像する葬儀と比べて遜色ありませんでした。
強いて言えば、祭壇がないことぐらいでしょうか。
葬祭場に出発する前には家族や親戚がお別れする場も設けていただけましたし、納得の見送りができました。
『家族葬』とも違った『火葬式』、皆様のご参考になれば幸いです。
終活をするうえで葬儀に関する希望がある場合は、エンディングノートに書いたり家族と話し合っておくことをお勧めします。
病気などである程度分かっていれば家族が葬儀会社を検討しておくことも可能ですが、突然亡くなった場合などはやはり慌てます。
そうならないためにも自分が死んだあとのことを考え、残される者の負担や後悔を減らせるようにしたいですね。
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*朝活or夜活
何年か前から「朝活」という言葉が使われるようになった。
早朝は脳が活性化することから、仕事や家事の前に読書や運動といった自分の趣味の時間に当てることにより、リフレッシュするというものだ。
朝起きて一番に陽の光を浴び、動き出すことで健康的な一日がスタートするのは分かっているが私は”朝活ブーム”の波には乗れなかった。
なにせ夜型人間だからだ。
知り合いに「朝活」を実践している人がいて、勉強したりヨガをしていると聞いて私も真似しようとしたが無理だった。
しかし最近では「夜活」というライフスタイルが生まれ、朝が苦手な私にとっては嬉しい限りである。
今年の夏は特に猛暑ということもあり、日中の暑い昼間は家で過ごして、夕方以降の少し涼しくなってから行動することが推奨されている。
例えば万博。
夜間券を購入することで、夜限定の企画などを楽しむことができるそうだ。
他にも遊園地や動物園もナイター営業している所がある。
昔では考えられなかったが、夜間のお墓参りも可能にしているお寺があると知ってびっくりした。
コロナが大流行していた頃、人との接触を避けるために出勤時間をずらした時差出勤や休日のフードコートで食事をする時間帯をずらしていたことを考えれば、日中より夕方以降に行動する「夜活」も不思議ではない。
わざわざ暑い時間帯に外に出る必要もないし、夜の方が人も少なく空いているなら使わない手はない。
一日の時間は皆平等で、その日をどう使うかは本人次第。
朝が得意な人、夜の方が動きやすい人、生活のリズムや家庭環境によってもさまざまだと思う。
自分のライフスタイルに合った方法で、仕事や家事以外の時間が充実できれば人生が豊かになること間違いなし。
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*残暑お見舞い申し上げます
気付けば8月も中旬、お盆ですね。
”徳島の夏”といえば、やはり阿波おどりでしょうか。
私は14日に行って来ました。
期間中、毎年1回は観に行くのですが、今年は例年より外国の方が多かったような気がします。
浴衣を着ていたり、コスプレっぽい服を着ていたりと、日本を楽しんでいる様子でした。
先週祖父が亡くなり、ここ数日は死後の事務手続きなどで忙しかったのですが、「今日はゆっくり休む」と決めて阿波おどりを楽しんで来ました。
お盆といえど、もちろん仕事の方もいるでしょうし、お子さんが夏休みだったりする親御さんは毎日の食事や遊びに連れて行ったりでお疲れのことでしょう。
時間がある時は、ぜひ自分を癒してあげてください。
ゆっくりお風呂に浸かったり、好きな漫画に没頭したり、休日はダラダラ過ごしたり、たまには自分を甘やかしてあげてはいかがでしょうか。
そうすることで、また明日からの活力になるはずです。
まだまだ残暑が厳しいですが、皆様もお身体ご自愛くださいね。
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*天晴れ
いわゆる私は”おじいちゃん・おばあちゃん子”でした。
自営業で喫茶店を経営していた母に代わり、子供の頃は旅行などよく連れて行ってもらったものです。
私が小学生よりまだ小さかった頃、祖父は私を連れて飲み屋さんに行ったり(今の時代なら完全にアウト)、祖母には編み物を教えてもらったりと楽しい思い出がたくさん残っています。
祖母が亡くなって約30年。
先日、祖父が永眠いたしました。
特に大きな病気もなく天寿を全うした老衰で、90歳の大往生です。
私がこの仕事を始めようと思ったきっかけになったのが祖父の存在です。
ある程度の年齢になったら自分が死ぬ前のことと死んだあとのことを具体的に考え、家族や大切な人に自分の希望を伝えておくことで本人にとっても残される者にとっても後悔を減らすことができます。
私の場合は祖父が認知症になってから終活の重要性に気付いたので、祖父の希望を全て叶えられたかは分かりません。
「本人にとっていいようにしてくれること」と「家族がいいと思ってすること」は違うからです。
しかし、祖父が最期を過ごした施設では手厚いケアをしていただき、一人暮らしをしていた頃に比べて毎日が楽しかったと思います。
それは面会の時に見せる笑顔や、部屋に飾られていた季節行事の写真に写る満面の笑みを見れば分かります。
皆さんはどのような最期を迎えたいか、ぼんやりとでも考えていますか?
祖父が亡くなったことはもちろん悲しいですが、母も私も納得のお別れができました。
おじいちゃん、安らかにお眠りください。
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*家族が集まる時こそ
今年の暑さは格別ですね。
皆様お変わりありませんか。
夏本番の8月になりましたが、夏バテなどしていないでしょうか。
高齢者だけでなく、若い方も自分の体調と相談しながら過ごしていただきたいものです。
さて、8月といえばさまざまな行事やイベントがあります。
学生さんにとっては嬉しい夏休み。
夏祭りや花火大会など、全国各地で開催されますね。
私が住む徳島県には有名な阿波おどりがあります。
毎年期間中に一度は見に行くのですが、いつもの静かな田舎とはまるで別世界(笑)
国内外から観光客が訪れ、ものすごい熱気に包まれます。
長期休暇やお盆で休みが取りやすいこの時期は実家に帰省する方も多いのではないのでしょうか。
家族が集まる機会は終活について話し合うきっかけの場になります。
親御さんに終活を始めてもらいたい場合、まずは感情的にならず親の話に耳を傾けることが大切です。
親には親の気持ちや考え、生活環境へのこだわりなどがあります。
そこを理解しながら歩み寄れるような会話をしましょう。
終活は一度の帰省で全て終わらせようとせず、少しずつできることから進めるのがポイントです。
必要に応じて私のような終活プランナーや弁護士などの専門家を頼ることもできます。
離れて暮らしていたりすると、なかなか将来のことについて話し合う時間もないと思いますが、病気や介護のこと、葬儀やお墓についてもこの機会に親御さんの希望を聞いてみるのはいかがでしょうか。
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*変わらぬ友情
十数年ぶりに親友と会った。
お互い結婚して住む場所が離れてしまってから疎遠になっていたが、先日、彼女の誕生日だったこともあり勇気を出してLINEをしてみたのだ。
中学・高校の時、そして社会人になってからもよく遊んでいた親友の一人だったので、ずっと気にはなっていた。
毎年彼女の誕生日が近づく頃、昔カラオケで彼女がよく歌っていた曲が車で流れた時など、私はことあるごとに彼女のことを思い出していた。
しかし生活環境が変わる中で「子育て忙しいかな?」とか「私とは別の友達ができたかな?」など、要らぬ気を遣って何年も連絡できないでいたのだ。
終活を勧める立場の私は、人が最期を迎える時に後悔することを知っている。
やりたいと思うことをやらなかった後悔が一番心残りになるということを学んだから。
「時間がないから」「お金がないから」「もう歳だから」・・・
これらの理由で一歩が踏み出せなかった時、最後の最後で人は後悔をするのだ。
そんなこともあり、今年は思い切って彼女に連絡をしたのである。
久しぶりに会った彼女は何も変わっていなかった。
お互い少しは歳をとったが、十数年という年月が経っても彼女は彼女のままだった。
現在の仕事のことや子育てがひと段落ついたこと、私が起業したことなど、話は尽きなかった。
会うまでは「変わってしまっていたらどうしよう」などと考えていたが、昔のままの彼女で私は嬉しかった。
会っていない間に大変なこともあったと聞き、連絡しなかったことを私はひどく後悔した。
大したことはしてあげられなくても、話を聞いたり側にいてあげることぐらいはできただろうに連絡することを躊躇っていた自分を恨めしく思う。
今回のことで改めて学んだ。
この先の人生で後悔を残すより、思ったことはまず行動に移してみる大切さ。
やりたいと思ったことは何でもやってみる。
行きたい所に行ってみる。
会いたい人に会いにいく。
『人生は一度きり』
そこを踏まえて後悔のない人生を。
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*家族のカタチ
『墓じまい』ならぬ『家族じまい』という言葉があるのをご存知だろうか。
家族関係を見つめ直し、場合によっては関係性を整理すること意味する。
例えば、子どもがいたからこそ成り立っていた夫婦は、子どもの独立と同時に離婚を選択したりする。
夫婦関係だけでなく、兄弟間のトラブルや親子関係の不和から家族じまいを考える方もいるそうだ。
必ずしも縁を切ってしまう場合ばかりではなく、距離を置くなど、家族との関わり方を見直すといった場合にも使われる言葉である。
家族だからといって何でも許される訳ではない。
「配偶者からのDVに悩んでいる」「親の介護に疲れてしまった」など、精神的に限界を感じてしまった時は迷わず自分を一番に考えてほしい。
もはや家族というだけで同じお墓に入る時代ではないのだ。
家族というのは血の繋がりだけで語れるものではない。
そもそも夫婦は血縁関係ではないし、再婚相手に子どもがいたりすると血の繋がりはないが家族になる。
家族の定義は、その人の価値観や状況によって異なる。
”終活の一環で家族じまいを考えている”という記事を読んだ。
70代のこの女性は、自分のことが一人でできなくたった際、子どもには迷惑をかけたくないという想いから、施設に入所する時点で子どもとは距離を置く家族じまいの選択を決めているそうだ。
この先起こる自分の状況を整理し、より良い未来のために考えることはとても大切だと思う。
今まで家族のために何かを我慢してきたり、自分を犠牲にしてきた方は『家族じまい』を考えるのもアリではないだろうか。
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*夏と高齢者
「暑いですね〜」
最近は人に会うたびに第一声がこれのような気がします(笑)
皆さん、いかがお過ごしですか?
梅雨明けが早すぎて、すっかり夏ですね。
暑さに老いも若きもないですが、やはり高齢者は特に気を付けないと夏バテしてしまうと思います。
筋肉量が減り、身体の機能が低下している高齢者は少しの油断が熱中症につながります。
以下のことに気を付けて生活していただきたいです。
- 暑い時間帯の外出は控える
- 出かける時は日傘や帽子、通気性の良い長袖の服を選ぶ
- 水分補給を忘れず、こまめに飲水する
- 室内の温度を調整する
高齢者の中には”もったいないから”とか”暑くないから”といった理由でエアコンや扇風機を使いたがらない人もいます。
でも、考えてみてください。
一番大切なのは自分の命です。
自分が快適に過ごせる環境を優先しなければ大変なことになります。
特に認知症になった場合、体温調節ができず、自分の着る服が選べない方もいます。
私の祖父がそうでした。
去年の夏、裏起毛のトレーナーに半纏を着て現れ、私をはじめ家族を驚かせました。
すぐに着替えてもらいましたが、背中は汗びっしょりで、でも本人は何とも思っていない様子。
高齢者は自分で気温や体調の変化に気付いていない場合もあるので、周りの人が気にかけてあげましょう。
当たり前のことですが、「食べること」「寝ること」「動くこと」は高齢者でなくとも生きていくうえで、とても大切なことです。
この夏を乗り切るために、普段の生活を見直し、生活のリズムを整えましょう。
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*推し活のススメ
最近よく耳にする『推し活』
自分の好きなアイドルやキャラクターなどを応援することを『推し活』と言うが、年代を問わずブームになっている。
コンサートに足を運びグッズを購入する、SNSで推しの魅力を発信して同じ仲間と交流する、推しにゆかりのある場所を訪れ体験を共有する聖地巡礼。
『推し活』には様々な形がある。
『推し活』の対象は生身の人間だけとは限らないのが面白いところ。
アイドルや俳優、スポーツ選手はもちろん、アニメやゲームのキャラクター、さらには建造物や鉄道まで幅広く”推し”の対象になる。
ではなぜ今『推し活』がブームになっているのか。
『推し活』をするメリットとして、毎日が楽しくなったりストレス発散に繋がるという点が考えられる。
嫌なことがあった時に”推し”の存在が癒しになったり、同じ”推し”を応援する仲間と「自分の好き」を共有することで連帯感や充足感を高め、より豊かな人生を送ることができるのではないだろうか。
好きなこと(もの)に夢中になれるということはイコール生きがい。
今まで仕事や子育てが生きがいだった方は定年を迎えたり、子どもが手を離れると自分の生きがいを失いがちになる。
そんな時こそ新たな生きがい(推し)を見つけてみてはどうだろうか。
”推し”のファンミーティングで新しい友達をつくったり、昔大好きだったアーティストのコンサートに行くなど、今まで自分の時間がなかなか取れなかった人は仕事や子育てが一段落ついた今こそ『推し活』に沼るチャンスだと思う。
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*ゆりかごから墓場まで
老衰やがん、認知症などの進行によって医学的に治療や延命が不可能になった状態で、余命が数ヶ月ぐらいだと想定される時期を『終末期』といいます。
この場合、ほとんどが要介護状態を経て最期を迎えます。
介護度が上がり、認知症が進行すると、日常的な言語的コミュニケーションが難しくなるので、本人に対して現実見当識を求めるのではなく、仕草や表情を読み取って、本人にとっての心理的真実をそのまま肯定的に受け止めていくようなコミュニケーションの仕方が重要になってきます。
私の祖父も認知症が進み、ほとんど喋らなくなりました。
面会の時に「私は誰?」と聞いても何も答えず、しつこく聞いて、やっと「ま・・・ご」と言うぐらいです。
1年前と比べたら表情も乏しくなり、その時何を考えているのか、どうしてほしいのかを読み取るのは非常に難しいです。
このような非言語的なサインを読み取りながら進められるコミュニケーション技術は、一方で昏睡状態の人とコミュニケーションする技にもつながるのです。
これは母親が直感的に赤ちゃんのニーズを読み取って世話していくプロセスにも通じるものがあります。
終末期のケアにおいては、人生最初期のケアに関する経験も役に立つのです。